2012年9月3日月曜日

鈴木鎮一 『愛に生きる ― 才能は生まれつきではない』 4章

久しぶりに、
鈴木鎮一氏の 『愛に生きる』の続きを読みました。


鈴木鎮一 『愛に生きる ― 才能は生まれつきではない』
(講談社現代新書、昭和41年8月)
※印は、栗木によるコメントです。

◆4章 運命〈わたしの歩みⅠ〉

「わたしは父から、
 物心両面にわたって、
 たくさんのことを教えられました。

 ものごとへのたゆみない研究心ということのほかに、
 ひとは“誠実”でなければならない、
 ということの実行の教訓です。」116

※そう言ってもらえるような
 父親に私はなれるだろうか。

 教師としての私もまた、
 知識を伝えるより前に、
 「誠実さ」が伝わるような存在であれたらいいなと思います。



『わたしはすべての責任者だ。
 会社も、わたしの財産も、
 工場のみんなが協力してくれたからできた。

 これだけの仕事をさせてくれたのは
 みんなの力だ。

 全財産がなくなるまで、
 ひとりの工員もやめさせない。
 お返しをするのだ。』117

※工場の経営が苦しくなったときの、
 責任者(父)の覚悟。

 ここまで潔い生き方は、なかなかできません。

 景気の好いとき、
 すべての物事が上向きに進んでいるときに、
 格好のいいことを言うことは出来るでしょう。

 しかし不景気の波に飲み込まれ、
 努力の甲斐なく業績が悪化し、
 負け戦がこんできたときに、

 誠実に負けられる人は、
 なかなかいないでしょう。

 父親の潔い、誠実な負けを、
 子どものころに経験できたことは、
 鈴木氏にとってこの上ない
 大きな財産になったのだろうな、
 と思います。



「打算を捨ててひたむきに、
 ― これはわたしが無意識のうちに
   父から教えられたことです。」118

※生きていれば、時には、
 打算に逃げたくなるようなこともあるでしょう。

 一生に一度というような、
 とんでもない苦境に陥っているときに、
 打算を捨てて生きることができるかどうか。

 私にはそこまでの自信はありません。

 父親が、
 自らの生き方によって、
 その範を示すことができたなら、
 
 それはそれは、大きな財産となるでしょう。



「目前の利益・効果が上がらなくても、
 こんなことをやってなにになるか、
 などという利口な考え方をしない。

 人間の将来への夢をもち、だから、
 いつ死んでも自分は悔いないと思っている。

 そして、すぐやめたりしないで、
 気ながに、ひたむきに、
 一歩一歩仕事をしていく。
 そうすれば、
 なんでもたいていのことはできる。

 ― こうした精神も、
   いつか父に植えつけられたように思います。」118


※生き方の基本でしょうか。

 利益が出なければ、
 すぐにも潰れるのが会社ですから、

 その会社を担う人々が、
 目前の利益や効果を、
 大切にするのは当然のことです。

 利益(お金)は大切です。
 でもしかし、
 目先の利益だけ、
 では続かないことも、また確かでしょう。

 つねに少し先の未来を見すえて、
 何かしら人さまのために、
 わずかながらもお役に立てないかと思いつつ、
 目前の努力を続けている私がいます。

 利益には、
 自分の力ではどうにもならない所があるので、
 それだけにはしないこと。

 ほかの誰でもなく、
 自分自身の心のなかに、
 自分が生きていく、心のよりどころが、
 何かしら見つけられたら、
 幸せだと思います。



『虫のいいことをいうのはやめなさい。

 毎日お参りをするなら、
 ありがとうございますだけでいいじゃないか。

 きょう一日のお礼を申し上げれば、
 それでじゅうぶんじゃないか。』124

※お参りのときに何を祈るのか、父の答え。
 
 若いころは、そもそも
 お参りをすることがほとんどなかったので、
 あまりピンとこなかったのですが、

 母が亡くなり、
 仏壇で手を合わせ、
 ご先祖様にお祈りする
 日々を送るようになったとき、

 お祈りは、
 ありがとうございます、
 が基本なんだな、
 と実感することができました。



「むろん、事故とか死とか不測のことが
 待ちうけているかもしれません。

 どういう“運”がその後も待ちうけているかもしれません。
 しかし、それに対しては、わたしは思うのです。

 『それは“あちらがわ”のつごうである。
  びくびくし、よけいな心配をしてなにになろう。
  同じことだ。

 “こちらがわ”は、つねに希望をもって、
  せいいっぱいに生きるだけだ。』」124

※「運」は、確かにあるでしょう。

 長い人生の中で、
 不運なことが続いて、
 人生に嫌気がさして、
 ひねくれた心情、苦々しい思いに、
 囚われてしまうことも多々あるでしょう。

 ただし、いつも一生懸命、
 出来るだけのことを精一杯して生きていると、
 避けられなかった不運に対しては、
 それほど動じなくなる自分がいるようです。

 どうしようもない所までがんばったのであれば、
 そこから先の勝ち負けは
 「あちらがわ」の都合だと。

 打ちひしがれたところで、
 人生はまだまだ続きます。
 それなら次に向けて、
 前向きにがんばるのが一番です。



「ほんとうに自分を欺かない
 ひとを信じてすこしも疑わない

 愛することだけを知って憎むことを知らない
 正義を愛し、ルールを絶対に守る

 喜びを求め、明るく生き生きと生きている
 不安を知らず、つねに安心のなかに生きている」129

※美しい心とは何か。

 まずは自分を信じ、愛すること、
 ついで他人を信じ、愛すること、
 疑わないこと、憎まないこと。

 正義を愛し、ルールを守ること。

 喜びを求め、明るく前向きに生きること、
 不安を遠ざけ、つねに安心の中に生きること。 

 それだけで生きられないことは勿論ですが、
 美しい心で生きていくことへのこだわりは、
 捨てないようにしたいものです。

 あらゆる「もの」を手に入れたとしても、
 心の平穏を失っているのであれば、
 自分は幸せではない、と思います。

0 件のコメント:

コメントを投稿